ハラヘリ育児

腹が減っては育児はできぬ

【後期流産】3歳なりに理解し葛藤している話


こんにちは、味醂です。

後期流産したあとの娘の記録として。

その瞬間

こわかっただろうと思います。

娘は“その瞬間”には立ち会っていませんが、それでも恐怖感は感じとっていたようです。

娘は旦那に抱かれていましたが震えていたそうです。


母(私)が入院中

病室ではそれなりに元気でした。

売店で買ってきたお菓子を食べながら笑っていました。


「おかあさん、げんきになる?」

「あかちゃん、げんきになる?」

と何度も聞いてきました。


「おかあさんもいっしょにかえろう」と泣いていました。

帰ってもほとんど眠れなかったようです。

退院のとき

「おかあさんがんばったね!あかちゃんもがんばったね!」

そう言って抱きしめてくれました。


退院後のあれこれ

手紙を書いた

あかちゃんに宛てた手紙を書き、棺に入れました。

娘にも書かせました。
もちろん字なんて書けません。


「おかあさんがあそこでおなかいたくなって…あかちゃんいたいいたいなっちゃったね…」

とブツブツ言いながら。



きっと、すべてを理解しています。

葬儀のとき

「あかちゃん、ありがとうね。またきてね。」

こんなこと教えてないのに娘から出た言葉。


3歳児なりに考えた結果、この言葉が出たようです。


その後の変化

それなりに理解しているとはいえまだまだ3歳児。

こんな経験をしたのだから不安定になるのは当然かもしれません。

3歳でこれを受け止めるのは酷だと思います。

情緒不安定になった

その後は暗い場所、お風呂やトイレを極端に怖がるようになりました。

「こわい!こわい!」と泣き叫びパニックになっていました。


お風呂場におもちゃを持ち込んだりしてなんとか2日に一度はシャワーを浴びさせていました。

退院後検診も終わり、私自身がお風呂に入れるようになってからはすんなりと一緒に入ってくれるようになりました。

赤ちゃん返り?

「おかあさんだっこして!これやって!」など、赤ちゃん返りのような発言が増えました。

最近“おかあさん”ではなく“ママ”と呼ばれることも多いです(関係ある?)



その一方で「おかあさんやっちゃだめ!おとうさんにやってもらうの!」と私を拒否する場面も増えました。


私のことを心配してくれているのかもしれません。


時々「おかあさんこわい」と言われます。

それは“怒られるからこわい”という感じではなく、何かを思い出したように怯えるように“こわい”といいます。

寝つきが悪くなった

夜中に何度も起きて「おかあさんいる?おとうさんいる?」と確認をします。

いることがわかればすぐに眠りますが、2〜3時間おきに確認していました。

これは1ヶ月くらいで落ち着いたかな

急に思い出す

「あかちゃんどこ行っちゃった?」
「あかちゃん元気になるかな?」
「あかちゃんの病院いくの?」
「むすめちゃん、あかちゃんとあそびたかったな」

ふと思い出したようにあかちゃんのことを話しはじめるときがあります。

こういうときどうやって返事するのが正解なんだろう、といつも悩みます。


おわりに

大人でも落ち込む出来事。

“子どもだからわからないだろう”

そんなことはないです。

子どものほうが敏感に感じ取ります。

子どもなりに精一杯受け止めています。


まだ完全復活とはいきませんが、元気な娘の笑顔が見られるようになって私も安心しています。

娘の気持ちにも寄り添いながら一歩一歩前を向いて進んで行きたいと思います。


それでは、また。